「信じて待つ」しかなかった夜空が、違う色に見えたとき
こんにちは。cocoiroです。
前回、不登校だった息子のことを書きました。
正直、あの記事を出す前は、少し躊躇していました。
息子や自分がつらかったことをさらけ出すのが怖かったのです。
でも実際には、多くの方からコメントをいただき、驚いています。
「いま、真っ只中の人がいたら届け」
そう書いてくださった方。
「我が家にも、同じ状態の子がいます」
と教えてくださった方。
「将来が不安になることがないと言えば嘘になります」
と、正直に書いてくださった方。
お子さんが学校の環境になじめずにいた頃のことを、話してくださった方もいました。
読みながら、胸のあたりが熱くなる思いでした。
あの頃の私は、ただ自分の無力さを感じるばかりでした。
朝、布団から出てこない息子を前にして、何もしてあげられない。
何を言っても伝わらない気がして、焦りや不安ばかりが募っていく。
そんな、まるで一人で暗闇の中にいるような気持ちになっていたのです。
でも、そうではなかった。
同じ場所に立って、同じような思いをしている人が、こんなにいたのだと、わかりました。
また、コメントで特に多く返ってきたのが、この言葉についてでした。
信じるしかない。待つしかない。
これは聞こえのいい言葉に見えて、実際にその場所に立つと、かなりきつい。
「信じて待つ。簡単に出来る事では無いと思います」
そう書いてくださった方がいましたが、本当に、そのとおりです。
信じているその間、実際にはなかなか何も進まず、成果も見えません。
明日が今日と違う日になるきざしも、どこにも見えず、
上手くいった日があっても、それが続くとは限らない。
そして私は、信じることを「選んだ」わけではなかった。
他に何もできなかったから、ただ「見守る」形になっていただけ。
本人の気持ちに寄り添おうという思いだけで、精いっぱいでした。
あの記事では、私は息子の整備服の赤について書きましたが、
当時の色のイメージは、黒に沈んだ青だった。
それは、眠れない夜、ふと窓越しに目をやると、カーテンの隙間から見えていた色。
真っ暗に近い、重く暗い空の色は、心のなかでずっと永遠に続くように感じていました。
あれから、改めてあの頃の夜空を、描いてみました。
記憶の中にあるのは、ただ暗い、夜明け前の空。
でも、描き上がってみると、思っていたよりずっと、光の多い空になっていました。
なぜそうなったのか、自分でもまだ、よく分かりません。
ただ、描き終わったあと、あの頃の空を、少し違う目で見られたような気が
しました。
これから先、私が思い浮かべるのは、たぶんこの絵の色なのだと思います。
コメントをくださった皆さん、読んでくださった皆さん、ありがとうございました。
一人ぼっちだと感じていた夜が、思っていたよりずっと多くの方のそれぞれの夜と重なっていました。
cocoiro
前回の記事: 信じることしかできなかった私に、息子が教えてくれたこと
あわせて読む: 自己嫌悪に陥ったとき、私が無意識に選んだ色



