手放したのは母ではなく、自分を追いつめていた心でした
認知症の母を施設へ預けて、
一年。
先日、数か月ぶりに
一人で母に会いに行きました。
施設へ向かう道は
何度通っても少し怖い場所に感じます。
また「帰りたい」と泣かれたらどうしよう。
母が辛そうな顔を見たら
また動揺してしまうかもしれない。
不安な思いが
頭の中をぐるぐる駆け巡りました。
でも、その日、私が見たのは
ほかの入居者さんたちと笑顔で
楽しそうに折り紙をしている母の姿でした。
その瞬間、
一年前には想像もできなかった景色が
目の前にありました。
一年前の苦渋の選択
一年前は
母は施設に入ることを、激しく嫌がりました。
「帰りたい。」
「家に帰る。」
「あなたの家で一緒に住ませてほしい。」
そう泣き叫ぶ母を見るたび、
私まで苦しくなりました。
母が認知症になってからの七年間。
母は介護を拒み、
私は仕事と家庭と介護の間で、
少しずつ追い詰められていきました。
何度言っても伝わらない。
同じことを何十回も繰り返す。
そんな体力・精神的な負担から
眠れない日も続き、
とうとう私は感情を抑えきれず、
母に怒鳴ってしまうこともありました。
そのあとは罪悪感や自己嫌悪に陥り、
今でも思い出すと胸が痛みます。
心も体もいっぱいだったその頃
私自身も乳がんが見つかり、
母を施設に入れることは
そんな中での、苦渋の選択でした。
でも、母が入居したあとも
「これでよかったんだろうか。」
「親不孝なんじゃないか。」
「私が同居しなかったからだ。」
そんな罪悪感で、
常に心はいっぱいでした。
張りつめていたものがほどけた瞬間
入居したばかりの頃に
私が一人で訪問した時、
母がひどく興奮して
施設内に緊張が走りました。
それ以来、施設に行くことも怖くなり
しばらくの間、
訪問を控えてしまった時期もありました。
その後、子どもたちと訪れた時には
母の様子も少し落ち着きましたが
認知症は、感情の波が大きいものです。
そして今回は子どもたちの都合がつかず
再び一人で行くことに。
また興奮してしまったらどうしようと
私はとても緊張していました。
でも母は、楽しそうに折り紙をしながら
「一人で来てる人ばっかりだから友達になれた。」
「ここはご飯もあるし、お風呂も入れてくれて、楽。」
「みんな優しくて、家で一人でいるよりいいよ。」
そう笑って話してくれたのです。
その瞬間、
心の奥に張りつめていたものが
ふっとほどけました。
もちろん認知症ですから、
五分前に話したことは忘れます。
孫の年齢も、何度も聞き返す。
そのたびに、同じ話が一から始まります。
そして、
持ってきたスイカを
喜んで食べてくれたけれど、
私が中学生のころ
種を食べて盲腸になったことも
もう覚えていませんでした。
そんな、
少しずつ思い出も薄れていくことに
言いようのない寂しさがこみ上げてきました。
帰り際に
「家を見に、一緒に帰ろうかな。」
と言い出した時はドキッとしましたが、
「暑中見舞いに描いた朝顔の絵を
置いていくね。また、すぐに皆でくるから。」
と、描いた絵を渡すと
母は、うれしそうに眺めながら
「ありがとう。綺麗ねぇ。飾っておくね。」
と何度も言い、
最後まで笑顔で見送ってくれました。
私がようやく手放した罪悪感
帰り道、私は改めて思いました。
思い切って施設へお願いして、よかったんだと。
一年前は、
「私は母を捨てたんじゃないか。」
そんな罪悪感ばかりでした。
でも今は、違います。
距離を置いたからこそ
母に優しくできる。
母も、穏やかに暮らしています。
入居前は
まるで毎日が戦いでした。
でも今は
たまに会う時間だから
心に余裕を持って接することができます。
離れることは
見捨てることではなかった。
私が手放したのは母ではなく、
母も、自分も追いつめていた頃の
自分自身でした。
母はもう、
朝顔の絵のことを忘れているかもしれません。
私が訪ねたことも
明日には覚えていないかもしれません。
それでも
あの日一緒に見た朝顔の色と、
穏やかに流れた時間だけは
私の中でずっと咲き続けています。
離れることは、愛情を手放すことではない
もし今、
施設へお願いすることを悩んでいる人がいたら。
罪悪感で眠れない人がいたら。
「ひどい娘なんじゃないか。」
私も、自分自身を何度もそう思いました。
でも一年後、
母は笑っていました。
そして、ようやく私も
「お互いにとって、この選択でよかった。」
と、心からそう思えました。
介護は、
近くにいることだけが愛情ではない。
少し距離を置いたからこそ、
また笑って会える家族もいる。
私はそのことを、
母自身から教えてもらいました。
もちろん、介護に正解はありません。
施設が正しいとも、
自宅介護が正しいとも言えません。
ただ、ひとつだけ。
離れることは、
愛情を手放すことではないということ。
だから今は、どうか
自分を責めすぎないでください。
やさしくいられる距離は、
家族それぞれだと思うのです。
たとえ、
気持ちが伝わっていないように思えても
たとえ、
何も覚えていないように見えても
あなたの愛情は
きっと届いています。
私自身、
それが本当だったと
今ようやく思えています。
cocoiro
自分を責めてしまう日に、あわせて読んでいただけたら🌿
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ココイロさん、私の母も1年ほど前から施設に入っています。ココイロさんと同じ気持ちだったこともあり、読みだから胸が苦しくなりました。
でも私も今は、これで良かったと落ち着いています。だって、この暑さでも快適に過ごせるように、職員さんたちが面倒見てくださってるから。
同じ気持ちだったので、長々と書いてしまいました。失礼しました😌
お母さんが笑ってくれてほんと良かったですね。
難しい問題に向き合っていて、大変なのに前向きに取り組んでいてすごいです。