あなたは、頑張っているのになかなか結果が見えなくて、
焦ってしまったことはありませんか。
私はあります。
もっと上手くなりたい。
もっといいものを作りたい。
もっと人の心に残るものを届けたい。
そのために、自分なりにできることをやっているつもりなのに、
思うように結果が見えてこない。
そんなときは、
「このままでいいのかな」
と、急に不安になります。
昨日より今日、自分なりに少しでも
前に進んでいるはずなのに、目に見えるものが変わらないと、
「何かやり方が間違っているんじゃないか」
と思ってしまう。
そんなモヤモヤとした気持ちを抱えていました。
結果が見えない時間にも、意味がある
そんな中、ある夜、
弘法大師空海の教えの言葉に出会いました。
「結果が見えない時間にも、意味がある」
その一節を目にした時、思わず手が止まりました。
そこで語られていたのは、
「焦りとは、
まだ起きていない未来に心を奪われて今を見失うこと」
そして、
「待つとは、何もしないことではなく、沈黙の時間の中で目に見えない根を育てている。」
「種を蒔いて花を待つ。花が咲くまでのその時間にこそ、意味がある。」
といった内容の話でした。
何度も、種を掘り返していた
正直、私は、なかなか結果が見えないことに焦っていました。
反応がない。数字が伸びない。見てもらえない。
そのたびに、
「もっと頑張らなければ。」
「もっと勉強しなければ。」
「もっと上手くならなければ。」
と自分を追い詰めたり、
「この道は間違っているのではないか」
「もっと違う道があるのではないか」
などと自分を信じられずに迷い、別の道を探そうとしていた。
でも、
今回の空海の言葉に触れて、はっとしたのです。
もしかしたら、私は「待てない人」だったのかもしれない。
花が咲く前に、焦りから何度も種を掘り返そうとしていたのかもしれない。
そして、
せっかくの芽吹こうとしている種を、自らダメにしているのかもしれないと。
その時、まるで私の目の前の視界が開けていくような気がしました。
静かな強さ、ということ
また、空海の教えには、「忍辱(にんにく)」という言葉がありました。
現状の苦しみを否定せず、無理に乗り越えようともせず、ただ、抱えたまま前に進む。
それは、状態に耐えるというより、静かな強さのようなもの。
反応がなくても続けること。見つけてもらえなくても、信じた道を続けること。
その時間は、決して
「停滞」や「後退している」のではなくて、
自分の中でじっと根を育てている時なのだ、とも思えました。
土の下にあった、緑の芽
この夜、私の心に浮かんだ色は、薄い緑の色でした。
地面の下。誰にも見えない場所。
でもその暗い土の中には、
根の隙間からほんの少し、芽吹こうとしている新緑の色がありました。
まだ地上には出ていない。誰の目にも触れていない。
でも、確かに小さな芽はそこにある。
そして外からは何も変わっていないように見えても、土の下では、少しずつ確実に成長しているのです。
それぞれに咲く季節がある
そして、空海はこうも教えていました。
「人それぞれに、咲く季節がある。早く咲く花が優れているわけではない。」
春を待って咲く花もあれば、寒さの中で咲く花もあります。
それぞれに適した時期になった時、それぞれが美しい花を咲かせる
速さや結果ではないのかもしれない。
自分に合った時期を、ただ待つということ。
この教えで、自分より早く咲く花と比べて焦っていた気持ちが、少しだけほどけたような感覚になりました。
だからといって、
焦りが全くなくなったわけではありません。
明日になれば、また不安になるかもしれない。
「もっと頑張らなきゃ」と思うかもしれない。
たぶん、一晩で悟れるほど簡単なものではなく、
心は、また行ったり来たりするのかもしれません。
でも、まるで螺旋階段のように、
同じところを回っているように感じても、少しずつ前に進んでいると信じたい。
だから、
「芽が出る前の時間にも、根は伸びている。」
この言葉を胸に、結果を急いで土を何度も掘り返すより
もう少しだけ、自分のできることを続けてみよう。
今は、そんなふうに思っています。
あなたにも、土の中の時間を待てなかった夜がありますか。
もし、よかったらコメントで教えてください。
cocoiro
よかったらこちらもどうぞ🌿




